れ》に附着《くツつ》いて寢《ね》た。眠《ねむ》くはないので、ぱちくり/\目《め》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《あ》いて居《ゐ》ても、物《もの》は幻《まぼろし》に見《み》える樣《やう》になつて、天井《てんじやう》も壁《かべ》も卓子《テエブル》の脚《あし》も段々《だん/\》消《き》えて行《ゆ》く心細《こゝろぼそ》さ。
 塾《じゆく》の山田《やまだ》は、湯《ゆ》に行《い》つて、教場《けうぢやう》にも二階《にかい》にも誰《たれ》も居《を》らず、物音《ものおと》もしなかつた。枕頭《まくらもと》へ……ばたばたといふ跫音《あしおと》、ものの近寄《ちかよ》る氣勢《けはひ》がする。
 枕《まくら》をかへして、頭《つむり》を上《あ》げた、が誰《たれ》も來《き》たのではなかつた。
 しばらくすると、再《ふたゝ》び、しと/\しと/\と摺足《すりあし》の輕《かる》い、譬《たと》へば身體《からだ》の無《な》いものが、踵《きびす》ばかり疊《たゝみ》を踏《ふ》んで來《く》るかと思《おも》ひ取《と》られた。また顏《かほ》を上《あ》げると何《なん》にも居《を》らない。其時《そのとき》は前《まへ》より天窓《あたま》が重《おも》かつた、顏《かほ》を上《あ》げるが物憂《ものう》かつた。
 繰返《くりかへ》して三度《さんど》、また跫音《あしおと》がしたが、其時《そのとき》は枕《まくら》が上《あが》らなかつた。室内《しつない》の空氣《くうき》は唯《たゞ》彌《いや》が上《うへ》に蔽重《おほひかさな》つて、おのづと重量《ぢうりやう》が出來《でき》て壓《おさ》へつけるやうな!
 鼻《はな》も口《くち》も切《せつな》さに堪《た》へられず、手《て》をもがいて空《くう》を拂《はら》ひながら呼吸《いき》も絶《た》え/″\に身《み》を起《おこ》した、足《あし》が立《た》つと、思《おも》はずよろめいて向《むか》うの襖《ふすま》へぶつかつたのである。
 其《その》まゝ押開《おしあ》けると、襖《ふすま》は開《あ》いたが何《なん》となくたてつけに粘氣《ねばりけ》があるやうに思《おも》つた。此處《こゝ》では風《かぜ》が涼《すゞ》しからうと、其《それ》を頼《たのみ》に恁《か》うして次《つぎ》の室《ま》へ出《で》たのだが矢張《やつぱり》蒸暑《むしあつ》い、押覆《おつかぶ》さつたやうで呼吸苦《いきぐる》しい。
 最《も》う一《
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