たり、その外悪魚|鰐《わに》の口、遁《のが》れがたしや我《わが》命、さすが恩愛の故郷《ふるさと》のかたぞ恋しき、あの浪のあなたにぞ……」
[#ここで字下げ終わり]
 その時、漲《みなぎ》る心の張《はり》に、島田の元結《もとゆい》ふッつと切れ、肩に崩るる緑の黒髪。水に乱れて、灯に揺《ゆら》めき、畳の海は裳《もすそ》に澄んで、塵《ちり》も留《とど》めぬ舞振《まいぶり》かな。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
「(源三郎)……我子《わがこ》は有《あ》らん、父大臣もおわすらむ……」
[#ここで字下げ終わり]
 と声が幽《かす》んで、源三郎の地《じ》謡う節が、フト途絶えようとした時であった。
 この湊屋の門口で、爽《さわやか》に調子を合わした。……その声、白き虹《にじ》のごとく、衝《つ》と来て、お三重の姿に射《さ》した。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
「(喜多八)……さるにてもこのままに別れ果《はて》なんかなしさよと、涙ぐみて立ちしが……」
[#ここで字下げ終わり]
「やあ、大事な処、倒れるな。」
 と源三郎すっと座を立ち、よろめく三重の背《せな》を支えた、老《おい》の腕
前へ 次へ
全95ページ中92ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング