向ける。
小父者、目を据えてわざと見て、
「ヤレコリャ車なんぞ、よオしよし。」
「いや、よしではない。」
とそこに一人つくねんと、添竹《そえだけ》に、その枯菊《かれぎく》の縋《すが》った、霜の翁《おきな》は、旅のあわれを、月空に知った姿で、
「早く車を雇わっしゃれ。手荷物はあり、勝手知れぬ町の中を、何を当《あて》にぶらつこうで。」と口叱言《くちこごと》で半ば呟《つぶや》く。
「いや、まず一つ、(よヲしよし、)と切出さんと、本文に合わぬてさ。処へ喜多八が口を出して、(しょうろく四銭《しもん》で乗るべいか。)馬士《うまかた》が、(そんなら、ようせよせ。)と言いやす、馬がヒインヒインと嘶《いば》う。」
「若いもの、その人に構うまい。車を早く。川口の湊屋《みなとや》と言う旅籠屋《はたごや》へ行《ゆ》くのじゃ。」
「ええ、二台でござりますね。」
「何んでも構わぬ、私《わし》は急ぐに……」と後向《うしろむ》きに掴《つか》まって、乗った雪駄を爪立《つまだ》てながら、蹴込《けこ》みへ入れた革鞄を跨《また》ぎ、首に掛けた風呂敷包みを外ずしもしないで揺《ゆす》っておく。
「一蓮託生《いちれんたくしょう
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