と借りるぜ。」
「この畳へ来て横におなりな。按摩さん、お客だす、あとを閉めておくんなさい。」
「へい。」
コトコトと杖の音。
「ええ……とんと早や、影法師も同然なもので。」と掠《かす》れ声を白く出して、黒いけんちゅう羊羹色《ようかんいろ》の被布《ひふ》を着た、燈《ともしび》の影は、赤くその皺《しわ》の中へさし込んだが、日和下駄から消えても失《う》せず、片手を泳ぎ、片手で酒の香を嗅分《かぎわ》けるように入った。
「聞えたか。」
とこの門附は、権のあるものいいで、五六本銚子の並んだ、膳をまた傍《わき》へずらす。
「へへへ」とちょっと鼻をすすって、ふん、とけなりそうに香《におい》を嗅《か》ぐ。
「待ちこがれたもんだから、戸外《そと》を犬が走っても、按摩さんに見えたのさ。こう、悪く言うんじゃないぜ……そこへぬっくりと顕《あらわ》れたろう、酔っている、幻かと思った。」
「ほんに待兼ねていなさったえ。あの、笛の音ばかり気にしなさるので、私もどうやら解《よ》めなんだが、やっと分ったわな、何んともお待遠でござんしたの。」
「これは、おかみさま、御繁昌《ごはんじょう》。」
「お客はお一人じゃ、ゆっく
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