「裏表とも気を注《つ》けるじゃ、可《え》いか、可いか。ちょっと道寄りをして来るで、可いか、お方。」
 とそこいらじろじろと睨廻《ねめまわ》して、新地の月に提灯《ちょうちん》入《い》らず、片手懐にしたなりで、亭主が出前、ヤケにがっと戸を開けた。後《あと》を閉めないで、ひょこひょこ出て行《ゆ》く。
 釜の湯気が颯《さっ》と分れて、門附の頬に影がさした。
 女房横合から来て、
「いつまで、うっかり見送ってじゃ、そんなに敵《かたき》が打たれたいの。」
「女房《おかみ》さん、桑名じゃあ……芸者の箱屋は按摩かい。」と悚気《ぞっ》としたように肩を細く、この時やっと居直って、女房を見た、色が悪い。

       十

「そうさ、いかに伊勢の浜荻《はまおぎ》だって、按摩の箱屋というのはなかろう。私もなかろうと思うが、今向う側を何んとか屋の新妓《しんこ》とか云うのが、からんころんと通るのを、何心なく見送ると、あの、一軒おき二軒おきの、軒行燈《のきあんどん》では浅葱《あさぎ》になり、月影では青くなって、薄い紫の座敷着で、褄《つま》を蹴出《けだ》さず、ひっそりと、白い襟を俯向《うつむ》いて、足の運びも進
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