ろ》な外套《がいとう》の、痩《や》せた身体《からだ》にちと広過ぎるを緩く着て、焦茶色の中折帽、真新しいはさて可《い》いが、馴《な》れない天窓《あたま》に山を立てて、鍔《つば》をしっくりと耳へ被《かぶ》さるばかり深く嵌《は》めた、あまつさえ、風に取られまいための留紐《とめひも》を、ぶらりと皺《しな》びた頬へ下げた工合《ぐあい》が、時世《ときよ》なれば、道中、笠も載《の》せられず、と断念《あきら》めた風に見える。年配六十二三の、気ばかり若い弥次郎兵衛《やじろべえ》。
さまで重荷ではないそうで、唐草模様の天鵝絨《びろうど》の革鞄《かばん》に信玄袋を引搦《ひきから》めて、こいつを片手。片手に蝙蝠傘《こうもりがさ》を支《つ》きながら、
「さて……悦びのあまり名物の焼蛤《やきはまぐり》に酒|汲《く》みかわして、……と本文《ほんもん》にある処《ところ》さ、旅籠屋《はたごや》へ着《ちゃく》の前に、停車場前の茶店か何かで、一本傾けて参ろうかな。(どうだ、喜多八《きだはち》。)と行きたいが、其許《そのもと》は年上で、ちとそりが合わぬ。だがね、家元の弥次郎兵衛どの事も、伊勢路では、これ、同伴《つれ》の喜多
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