と返事した。お三重はもう、他愛《たわい》なく娘になって、ほろりとして、
「あの、前刻《さっき》も申しましたように、不器用も通越した、調子はずれ、その上覚えが悪うござんして、長唄の宵や待ちの三味線《さみせん》のテンもツンも分りません。この間まで居《お》りました、山田の新町の姉さんが、朝と昼と、手隙《てすき》な時は晩方も、日に三度ずつも、あの噛《か》んで含めて、胸を割って刻込むように教えて下すったんでございますけれど、自分でも悲しい。……暁の、とだけ十日かかって、やっと真似だけ弾けますと、夢になってもう手が違い、心では思いながら、三の手が一へ滑《すべ》って、とぼけたような音《ね》がします。
撥《ばち》で咽喉《のど》を引裂かれ、煙管《きせる》で胸を打たれたのも、糸を切った数より多い。
それも何も、邪険でするのではないのです。……私が、な、まだその前に、鳥羽《とば》の廓《くるわ》に居ました時、……」
「ああ、お前さんは、鳥羽のものかい、志摩だな。」
と弥次郎兵衛がフト聞入れた。
「いえ、私はな、やっぱりお伊勢なんですけれど、父《おとっ》さんが死《な》くなりましてから、継母《ままはは》に売られて行きましたの。はじめに聞いた奉公とは嘘のように違います。――お客の言うことを聞かぬ言うて、陸《おか》で悪くば海で稼げって、崕《がけ》の下の船着《ふなつき》から、夜になると、男衆に捉《つかま》えられて、小船に積まれて海へ出て、月があっても、島の蔭の暗い処を、危いなあ、ひやひやする、木の葉のように浮いて歩行《ある》いて、寂《しん》とした海の上で……悲しい唄を唄います。そしてお客の取れぬ時は、船頭衆の胸に響いて、女が恋しゅうなる禁厭《まじない》じゃ、お茶挽《ちゃひ》いた罰、と云って、船から海へ、びしゃびしゃと追下ろして、汐《しお》の干た巌《いわ》へ上げて、巌の裂目へ俯向《うつむ》けに口をつけさして、(こいし、こいし。)と呼ばせます。若い衆は舳《へさき》に待ってて、声が切れると、栄螺《さざえ》の殻をぴしぴしと打着《ぶッつ》けますの。汐風が濡れて吹く、夏の夜でも寒いもの。……私のそれは、師走から、寒の中《うち》で、八百|八島《やしま》あると言う、どの島も皆白い。霜風が凍りついた、巌の角は針のような、あの、その上で、(こいし、こいし。)って、唇の、しびれるばかり泣いている。咽喉《のど》は裂け
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