》、死なば諸共、捻平待ちやれ。」と、くすくす笑って、小父者も車にしゃんと乗る。……
「湊屋だえ、」
「おいよ。」
で、二台、月に提灯《かんばん》の灯《あかり》黄色に、広場《ひろっぱ》の端へ駈込《かけこ》むと……石高路《いしたかみち》をがたがたしながら、板塀の小路、土塀の辻、径路《ちかみち》を縫うと見えて、寂しい処幾曲り。やがて二階屋が建続き、町幅が糸のよう、月の光を廂《ひさし》で覆《おお》うて、両側の暗い軒に、掛行燈《かけあんどん》が疎《まばら》に白く、枯柳に星が乱れて、壁の蒼《あお》いのが処々。長い通りの突当りには、火の見の階子《はしご》が、遠山《とおやま》の霧を破って、半鐘《はんしょう》の形|活《い》けるがごとし。……火の用心さっさりやしょう、金棒《かなぼう》の音に夜更けの景色。霜枯時の事ながら、月は格子にあるものを、桑名の妓《こ》達は宵寝と見える、寂しい新地《くるわ》へ差掛《さしかか》った。
輻《やぼね》の下に流るる道は、細き水銀の川のごとく、柱の黒い家の状《さま》、あたかも獺《かわうそ》が祭礼《まつり》をして、白張《しらはり》の地口行燈《じぐちあんどん》を掛連ねた、鉄橋を渡るようである。
爺様の乗った前の車が、はたと留《とま》った。
あれ聞け……寂寞《ひっそり》とした一条廓《ひとすじくるわ》の、棟瓦《むねがわら》にも響き転げる、轍《わだち》の音も留まるばかり、灘《なだ》の浪を川に寄せて、千里の果《はて》も同じ水に、筑前の沖の月影を、白銀《しろがね》の糸で手繰ったように、星に晃《きら》めく唄の声。
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博多帯《はかたおび》しめ、筑前絞《ちくぜんしぼり》、
田舎の人とは思われぬ、
歩行《ある》く姿が、柳町、
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と博多節を流している。……つい目の前《さき》の軒陰に。……白地の手拭《てぬぐい》、頬被《ほおかむり》、すらりと痩《やせ》ぎすな男の姿の、軒のその、うどんと紅《べに》で書いた看板の前に、横顔ながら俯向《うつむ》いて、ただ影法師のように彳《たたず》むのがあった。
捻平はフト車の上から、頸《うなじ》の風呂敷包のまま振向いて、何か背後《うしろ》へ声を掛けた。……と同時に弥次郎兵衛の車も、ちょうどその唄う声を、町の中で引挟《ひっぱさ》んで、がっきと留まった。が、話の意味は通ぜずに、そのまま捻平のがまた曳出《ひ
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