り療治してあげておくれ。それなりにお寝《よ》ったら、お泊め申そう。」
 と言う。
 按摩どの、けろりとして、
「ええ、その気で、念入りに一ツ、掴《つかま》りましょうで。」と我が手を握って、拉《ひし》ぐように、ぐいと揉《も》んだ。
「へい、旦那。」
「旦那じゃねえ。ものもらいだ。」とまた呷《あお》る。
 女房が竊《そっ》と睨《にら》んで、
「滅相な、あの、言いなさる。」

       十一

「いや、横になるどころじゃない、沢山だ、ここで沢山だよ。……第一背中へ掴《つか》まられて、一呼吸《ひといき》でも応《こた》えられるかどうだか、実はそれさえ覚束《おぼつか》ない。悪くすると、そのまま目を眩《まわ》して打倒《ぶったお》れようも知れんのさ。体《てい》よく按摩さんに掴み殺されるといった形だ。」
 と真顔で言う。
「飛んだ事をおっしゃりませ、田舎でも、これでも、長年年期を入れました杉山流のものでござります。鳩尾《きゅうび》に鍼《はり》をお打たせになりましても、決して間違いのあるようなものではござりませぬ。」と呆《あき》れたように、按摩の剥《む》く目は蒼《あお》かりけり。
「うまい、まずいを言うのじゃない。いつの幾日《いくか》にも何時《なんどき》にも、洒落《しゃれ》にもな、生れてからまだ一度も按摩さんの味を知らないんだよ。」
「まあ、あんなにあんた、こがれなさった癖に。」
「そりゃ、張って張って仕様がないから、目にちらつくほど待ったがね、いざ……となると初産《ういざん》です、灸《きゅう》の皮切も同じ事さ。どうにも勝手が分らない。痛いんだか、痒《かゆ》いんだか、風説《うわさ》に因ると擽《くすぐ》ったいとね。多分私も擽ったかろうと思う。……ところがあいにく、母親《おふくろ》が操正しく、これでも密夫《まおとこ》の児《こ》じゃないそうで、その擽ったがりようこの上なし。……あれ、あんなあの、握飯《にぎりめし》を拵《こさ》えるような手附をされる、とその手で揉まれるかと思ったばかりで、もう堪《たま》らなく擽ったい。どうも、ああ、こりゃ不可《いけね》え。」
 と脇腹へ両肱《りょうひじ》を、しっかりついて、掻竦《かいすく》むように脊筋を捻《よ》る。
「ははははは、これはどうも。」と按摩は手持不沙汰な風。
 女房|更《あらた》めて顔を覗《のぞ》いて、
「何んと、まあ、可愛らしい。」
「同じ事を
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