ても橋銭を置いて行ってくれません。ずるいからね、引籠《ひっこも》って誰も見ていないと、そそくさ通抜けてしまいますもの。」
 私はその時分は何にも知らないでいたけれども、母様《おっかさん》と二人ぐらしは、この橋銭で立って行ったので、一人《ひとり》前いくらかずつ取って渡しました。
 橋のあったのは、市《まち》を少し離れた処で、堤防《どて》に松の木が並んで植《うわ》っていて、橋の袂《たもと》に榎《えのき》が一本、時雨榎《しぐれえのき》とかいうのであった。
 この榎の下に、箱のような、小さな、番小屋を建てて、そこに母様と二人で住んでいたので、橋は粗造な、まるで、間に合せといったような拵え方、杭《くい》の上へ板を渡して竹を欄干にしたばかりのもので、それでも五人や十人ぐらい一時《いっとき》に渡ったからッて、少し揺れはしようけれど、折れて落ちるような憂慮《きづかい》はないのであった。
 ちょうど市《まち》の場末に住んでる日傭取《ひようとり》、土方、人足、それから、三味線《さみせん》を弾いたり、太鼓を鳴《なら》して飴《あめ》を売ったりする者、越後獅子《えちごじし》やら、猿廻《さるまわし》やら、附木《つ
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