にしたので、吃驚《びっくり》して、ぴったり手をついて畳の上で、手袋をのした。横に皺《しわ》が寄ったから、引張《ひっぱ》って、
「だから僕、そういったんだ、いいえ、あの、先生、そうではないの。人も、猫も、犬も、それから熊も、皆《みんな》おんなじ動物《けだもの》だって。」
「何とおっしゃったね。」
「馬鹿なことをおっしゃいって。」
「そうでしょう。それから、」
「それから、(だって、犬や、猫が、口を利きますか、ものをいいますか)ッて、そういうの。いいます。雀だってチッチッチッチッて、母様《おっかさん》と、父様《おとっさん》と、児《こども》と朋達《ともだち》と皆《みんな》で、お談話《はなし》をしてるじゃあありませんか。僕眠い時、うっとりしてる時なんぞは、耳ン処《とこ》に来て、チッチッチて、何かいって聞かせますのッてそういうとね、(詰《つま》らない、そりゃ囀《さえず》るんです。ものをいうのじゃあなくッて囀るの、だから何をいうんだか分りますまい)ッて聞いたよ。僕ね、あのウだってもね、先生、人だって、大勢で、皆《みんな》が体操場で、てんでに何かいってるのを遠くン処《とこ》で聞いていると、何をいってるのかちっとも分らないで、ざあざあッて流れてる川の音とおんなしで、僕分りませんもの。それから僕の内の橋の下を、あのウ舟|漕《こ》いで行《ゆ》くのが何だか唄って行《ゆ》くけれど、何をいうんだかやっぱり鳥が声を大きくして長く引《ひっ》ぱって鳴いてるのと違いませんもの。ずッと川下の方で、ほうほうッて呼んでるのは、あれは、あの、人なんか、犬なんか、分りませんもの。雀だって、四十雀《しじゅうから》だって、軒だの、榎だのに留《とま》ってないで、僕と一所に坐って話したら皆《みんな》分るんだけれど、離れてるから聞えませんの。だって、ソッとそばへ行って、僕、お談話しようと思うと、皆立っていってしまいますもの、でも、いまに大人になると、遠くで居ても分りますッて。小さい耳だから、沢山いろんな声が入らないのだって、母様が僕、あかさん[#「あかさん」に傍点]であった時分からいいました。犬も猫も人間もおんなじだって。ねえ、母様、だねえ母様、いまに皆分るんだね。」


       三

 母様《おっかさん》は莞爾《にっこり》なすって、
「ああ、それで何かい、先生が腹をお立ちのかい。」
 そればかりではなかった、私
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