(鳥なの、母様《おっかさん》。)とそういってその時私が聴いた。
 これにも母様は少し口籠《くちごも》っておいでであったが、
(鳥じゃあないよ、翼《はね》の生えた美しい姉さんだよ。)
 どうしても分らんかった。うるさくいったら、しまいにゃ、お前には分らない、とそうおいいであったのを、また推返《おしかえ》して聴いたら、やっぱり、
(翼《はね》の生えたうつくしい姉さんだってば。)
 それで仕方がないからきくのはよして、見ようと思った。そのうつくしい翼のはえたもの見たくなって、どこに居ます/\[#「/\」はママ]ッて、せッついても、知らないと、そういってばかりおいでであったが、毎日々々あまりしつこかったもんだから、とうとう余儀なさそうなお顔色《かおつき》で、
(鳥屋の前にでもいって見て来るが可《い》い。)
 そんならわけはない。
 小屋を出て二町ばかり行《ゆ》くと、直ぐ坂があって、坂の下口《おりくち》に一軒鳥屋があるので、樹蔭《こかげ》も何にもない、お天気のいい時あかるいあかるい小さな店で、町家《まちや》の軒ならびにあった。鸚鵡《おうむ》なんざ、くるッとした、露のたりそうな、小さな眼で、あれで瞳が動きますよ。毎日々々行っちゃあ立っていたので、しまいにゃあ見知顔で私の顔を見て頷《うなず》くようでしたっけ、でもそれじゃあない。
 駒鳥《こま》はね、丈の高い、籠ん中を下から上へ飛んで、すがって、ひょいと逆《さかさ》に腹を見せて熟柿《じゅくし》の落《おっ》こちるようにぼたりとおりて、餌《え》をつついて、私をばかまいつけない、ちっとも気に懸けてくれようとはしなかった、それでもない。皆《みんな》違ってる。翼《はね》の生えたうつくしい姉さんは居ないのッて、一所に立った人をつかまえちゃあ、聞いたけれど、笑うものやら、嘲《あざ》けるものやら、聞かないふりをするものやら、つまらないとけなすものやら、馬鹿だというものやら、番小屋の媽々《かか》に似て此奴《こいつ》もどうかしていらあ、というものやら。皆《みんな》獣《けだもの》だ。
(翼《はね》の生えたうつくしい姉さんは居ないの。)ッて聞いた時、莞爾《にっこり》笑って両方から左右の手でおうように私の天窓《あたま》を撫《な》でて行った、それは一様に緋羅紗《ひらしゃ》のずぼんを穿《は》いた二人の騎兵で――聞いた時――莞爾《にっこり》笑って、両方から
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