左右の手で、おうように私の天窓をなでて、そして手を引《ひき》あって黙って坂をのぼって行った。長靴の音がぽっくりして、銀の剣の長いのがまっすぐに二ツならんで輝いて見えた。そればかりで、あとは皆馬鹿にした。
五日ばかり学校から帰っちゃあその足で鳥屋の店へ行って、じっと立って、奥の方の暗い棚ん中で、コトコトと音をさしているその鳥まで見覚えたけれど、翼《はね》の生えた姉さんは居ないので、ぼんやりして、ぼッとして、ほんとうに少し馬鹿になったような気がしいしい、日が暮れると帰り帰りした。で、とても鳥屋には居ないものとあきらめたが、どうしても見たくッてならないので、また母様にねだって聞いた。どこに居るの、翼の生えたうつくしい人はどこに居るのッて。何とおいいでも肯分《ききわ》けないものだから母様が、
(それでは林へでも、裏の田圃《たんぼ》へでも行って、見ておいで。なぜッて、天上に遊んでいるんだから、籠の中に居ないのかも知れないよ。)
それから私、あの、梅林のある処に参りました。
あの桜山と、桃谷と、菖蒲《あやめ》の池とある処で。
しかし、それはただ青葉ばかりで、菖蒲の短いのがむらがってて、水の色の黒い時分、ここへも二日、三日続けて行《ゆ》きましたっけ、小鳥は見つからなかった。烏が沢山《たんと》居た。あれが、かあかあ鳴いて一しきりして静まるとその姿の見えなくなるのは、大方その翼《はね》で、日の光をかくしてしまうのでしょう。大きな翼《はね》だ、まことに大《おおき》い翼《つばさ》だ、けれどもそれではない。
十二
日が暮れかかると、あっちに一ならび、こっちに一ならび、横縦になって、梅の樹が飛々《とびとび》に暗くなる。枝々のなかの水田《みずた》の水がどんよりして淀《よど》んでいるのに際立って真白《まっしろ》に見えるのは鷺《さぎ》だった、二羽一ところに、ト三羽一ところに、ト居て、そして一羽が六尺ばかり空へ斜《ななめ》に足から糸のように水を引いて立ってあがったが音がなかった、それでもない。
蛙《かわず》が一斉に鳴きはじめる。森が暗くなって、山が見えなくなった。
宵月《よいづき》の頃だったのに、曇ってたので、星も見えないで、陰々として一面にものの色が灰のようにうるんでいた、蛙がしきりになく。
仰いで高い処に、朱の欄干のついた窓があって、そこが母様《おっかさん》のう
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