々《さんざ》慰《なぐさ》んで、そら菓子をやるワ、蜜柑《みかん》を投げろ、餅《もち》をたべさすわって、皆《みんな》でどっさり猿に御馳走《ごちそう》をして、暗くなるとどやどやいっちまったんだ。で、じいさんをいたわってやったものは、ただの一|人《にん》もなかったといいます。
 あわれだとお思いなすって、母様がお銭《あし》を恵んで、肩掛《ショオル》を着せておやんなすったら、じいさん涙を落して拝んで喜びましたって、そうして、
(ああ、奥様、私《わたくし》は獣《けだもの》になりとうございます。あいら、皆《みんな》畜生で、この猿めが夥間《なかま》でござりましょう。それで、手前達の同類にものをくわせながら、人間一|疋《ぴき》の私《わたくし》には目を懸けぬのでござります。)とそういってあたりを睨《にら》んだ、恐らくこのじいさんなら分るであろう、いや、分るまでもない、人が獣《けだもの》であることをいわないでも知っていようと、そういって、母様がお聞かせなすった。
 うまいこと知ってるな、じいさん。じいさんと母様と私と三人だ。その時じいさんがそのまんまで控綱《ひかえづな》をそこン処《とこ》の棒杭《ぼうぐい》に縛りッ放しにして猿をうっちゃって行《ゆ》こうとしたので、供の女中が口を出して、どうするつもりだって聞いた。母様もまた傍《そば》からまあ棄児《すてご》にしては可哀相でないかッて、お聞きなすったら、じいさんにやにやと笑ったそうで、
(はい、いえ、大丈夫でござります。人間をこうやっといたら、餓《う》えも凍《こご》えもしようけれど、獣《けだもの》でござりますから今に長い目で御覧《ごろう》じまし、此奴《こいつ》はもう決してひもじい目に逢うことはござりませぬから。)
 とそういって、かさねがさね恩を謝して、分れてどこへか行っちまいましたッて。
 果して猿は餓えないでいる。もう今ではよっぽどの年紀《とし》であろう。すりゃ、猿のじいさんだ。道理で、功を経た、ものの分ったような、そして生まじめで、けろりとした、妙な顔をしているんだ。見える見える、雨の中にちょこなんと坐っているのが手に取るように窓から見えるワ。

       八

 朝晩|見馴《みな》れて珍しくもない猿だけれど、いまこんなこと考え出して、いろんなこと思って見ると、また殊にものなつかしい。あのおかしな顔早くいって見たいなと、そう思って、窓
前へ 次へ
全22ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング