よだ》つた。
ほんと[#「と」に「ママ」の注記]うに其晩《そのばん》ほど恐《こは》かつたことはない。
蛙《かはづ》の声《こゑ》がます/\高《たか》くなる、これはまた仰山《ぎやうさん》な、何百《なんびやく》、何《ど》うして幾千《いくせん》と居《ゐ》て鳴《な》いてるので、幾千《いくせん》の蛙《かはづ》が一《ひと》ツ一《ひと》ツ眼《め》があつて、口《くち》があつて、足《あし》があつて、身躰《からだ》があつて、水《みづ》ン中《なか》に居《ゐ》て、そして声《こゑ》を出《だ》すのだ。一《ひと》ツ一《ひと》ツトわなゝいた。寒《さむ》くなつた。風《かぜ》が少《すこ》し出《で》て樹《き》がゆつさり動《うご》いた。
蛙《かはづ》の声《こゑ》がます/\高《たか》くなる、居《ゐ》ても立《た》つても居《ゐ》られなくツて、そつと動《うご》き出《だ》した、身躰《からだ》が何《ど》うにかなつてるやうで、すつと立《た》ち切《き》れないで蹲《つくば》つた、裾《すそ》が足《あし》にくるまつて、帯《おび》が少《すこ》し弛《ゆる》むで、胸《むね》があいて、うつむいたまゝ天窓《あたま》がすはつた。ものがぼんやり見《み》える。
見《み》えるのは眼《め》だトまたふるえ[#「え」に「ママ」の注記]た。
ふるえ[#「え」に「ママ」の注記]ながら、そつと、大事《だいじ》に、内証《ないしやう》で、手首《てくび》をすくめて、自分《じぶん》の身躰《からだ》を見《み》やうと思《おも》つて、左右《さいう》へ袖《そで》をひらいた時《とき》もう思《おも》はずキヤツと叫《さけ》んだ。だつて私《わたし》が鳥《とり》のやうに見《み》えたんですもの。何《ど》んなに恐《こは》かつたらう。
此時《このとき》背後《うしろ》から母様《おつかさん》がしつかり抱《だ》いて下《くだ》さらなかつたら、私《わたし》何《ど》うしたんだか知《し》れません。其《それ》はおそくなつたから見《み》に来《き》て下《くだ》すつたんで泣《な》くことさへ出来《でき》なかつたのが、
「母様《おつかさん》!」といつて離《はな》れまいと思《おも》つて、しつかり、しつかり、しつかり襟《えり》ん処《とこ》へかぢりついて仰向《あふむ》いてお顔《かほ》を見《み》た時《とき》、フツト気《き》が着《つ》いた。
何《ど》うもさうらしい、翼《はね》の生《は》へたうつくしい人《ひと》は何《ど》うも母
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