ござります。人間《にんげん》をかうやつといたら、餓《う》ゑも凍《こゞ》ゑもしやうけれど、獣《けだもの》でござりますから今《いま》に長《なが》い目《め》で御覧《ごらう》じまし、此奴《こいつ》はもう決《けつ》してひもじい目《め》に逢《あ》ふことはござりませぬから※[#終わり二重括弧、1−2−55]

トさういつてかさね/″\恩《おん》を謝《しや》して分《わか》れて何処《どこ》へか行《い》つちまひましたツて。
果《はた》して猿《さる》は餓《う》ゑないで居《ゐ》る。もう今《いま》では余程《よつぽど》の年紀《とし》であらう。すりや、猿《さる》のぢいさんだ。道理《だうり》で、功《かう》を経《へ》た、ものゝ分《わか》つたやうな、そして生《き》まじめで、けろりとした、妙《めう》な顔《かほ》をして居《ゐ》るんだ。見《み》える/\、雨《あめ》の中《なか》にちよこなんと坐《すわ》つて居《ゐ》るのが手《て》に取《と》るやうに窓《まど》から見《み》えるワ。

     第八

朝晩《あさばん》見馴《みな》れて珍《めづ》らしくもない猿《さる》だけれど、いまこんなこと考《かんが》え[#「え」に「ママ」の注記]出《だ》していろんなこと思《おも》つて見《み》ると、また殊《こと》にものなつかしい、あのおかしな顔《かほ》早《はや》くいつて見たいなと、さう思《おも》つて、窓《まど》に手《て》をついてのびあがつて、づゝと肩《かた》まで出《だ》すと※[#「さんずい+散」、53−4]《しぶき》がかゝつて、眼《め》のふちがひやりとして、冷《つめ》たい風《かぜ》が頬《ほゝ》を撫《な》でた。
爾時《そのとき》仮橋《かりばし》ががた/\いつて、川面《かはづら》の小糠雨《こぬかあめ》を掬《すく》ふやうに吹《ふ》き乱《みだ》すと、流《ながれ》が黒《くろ》くなつて颯《さつ》と出《で》た。トいつしよに向岸《むかふぎし》から橋《はし》を渡《わた》つて来《く》る、洋服《やうふく》を着《き》た男《をとこ》がある。
橋板《はしいた》がまた、がツたりがツたりいつて、次第《しだい》に近《ちか》づいて来《く》る、鼠色《ねづみいろ》の洋服《やうふく》で、釦《ぼたん》をはづして、胸《むね》を開《あ》けて、けば/\しう襟飾《えりかざり》を出《だ》した、でつぷり紳士《しんし》で、胸《むね》が小《ちひ》さくツて、下腹《したつぱら》の方《ほう》が図《づ
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