》えて居《ゐ》て下《くだ》すつて、
「さうかい、何《なに》が通《とほ》りました。」
「あのウ猪《いぬしし》。」
「さう。」といつて笑《わら》つて居《ゐ》らしやる。
「ありや猪《いぬしゝ》だねえ、猪《いぬしゝ》の王様《わうさま》だねえ。
母様《おつかさん》。だつて、大《おほき》いんだもの、そして三角形《さんかくなり》の冠《かんむり》を被《き》て居《ゐ》ました。さうだけれども、王様《わうさま》だけれども、雨《あめ》が降《ふ》るからねえ、びしよぬれになつて、可哀想《かあいさう》だつたよ。」
母様《おつかさん》は顔《かほ》をあげて、此方《こつち》をお向《む》きで、
「吹込《ふきこ》みますから、お前《まへ》も此方《こつち》へおいで、そんなにして居《ゐ》ると衣服《きもの》が濡《ぬ》れますよ。」
「戸《と》を閉《し》めやう、母様《おつかさん》、ね、こゝん処《とこ》の。」
「いゝえ、さうしてあけて置《お》かないと、お客様《きやくさま》が通《とほ》つても橋銭《はしせん》を置《お》いて行《い》つてくれません。づるい[#「づるい」はママ]からね、引籠《ひつこも》つて誰《だれ》も見《み》て居《ゐ》ないと、そゝくさ通抜《とほりぬ》けてしまひますもの。」
私《わたし》は其時分《そのじぶん》は何《なん》にも知《し》らないで居《ゐ》たけれども、母様《おつかさん》と二人《ふたり》ぐらしは、この橋銭《はしせん》で立《た》つて行《い》つたので、一人前《ひとりまへ》幾于宛《いくらかづゝ》取《と》つて渡《わた》しました。
橋《はし》のあつたのは、市《まち》を少《すこ》し離《はな》れた処《ところ》で、堤防《どて》に松《まつ》の木《き》が並《なら》むで植《う》はつて居《ゐ》て、橋《はし》の袂《たもと》に榎《え》の樹《き》が一本《いつぽん》、時雨榎《しぐれえのき》とかいふのであつた。
此《この》榎《えのき》の下《した》に箱《はこ》のやうな、小《ちひ》さな、番小屋《ばんごや》を建《た》てゝ、其処《そこ》に母様《おつかさん》と二人《ふたり》で住《す》んで居《ゐ》たので、橋《はし》は粗造《そざう》な、宛然《まるで》、間《ま》に合《あ》はせといつたやうな拵《こしら》え方《かた》、杭《くい》の上《うへ》へ板《いた》を渡《わた》して竹《たけ》を欄干《らんかん》にしたばかりのもので、それでも五人《ごにん》や十人ぐらゐ一時《いつ
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