ごとくなるを、ソト戸の透《すき》より見るを得《う》べし。これ蓋《けだ》し狂者の挙動なればとて、公判廷より許されし、良人を殺せし貞婦にして、旅店の主翁はその伯父なり。
されど室内に立入りて、その面《おもて》を見んとせらるるとも、主翁は頑として肯《がえん》ぜざるべし。諸君涙あらば強うるなかれ。いかんとなれば、狂せるお貞は爾来《じらい》世の人に良人殺しの面を見られんを恥じて、長くこの暗室内に自らその身を封じたるものなればなり。渠《かれ》は恐懼《おそれ》て日光を見ず、もし強いて戸を開きて光明その膚《はだえ》に一注せば、渠は立処《たちどころ》に絶して万事|休《や》まむ。
光を厭《いと》うことかくのごとし。されば深更|一縷《いちる》の燈火《ともしび》をもお貞は恐れて吹消《ふっけ》し去るなり。
渠はしかく活《い》きながら暗中に葬り去られつ。良人を殺せし妻ながら、諸君請う恕《じょ》せられよ。あえて日光をあびせてもてこの憐むべき貞婦を射殺《いころ》すなかれ。しかれどもその姿をのみ見て面を見ざる、諸君はさぞ本意《ほい》なからむ。さりながら、諸君より十層二十層、なお幾十層、ここに本意なき少年あり。渠は
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