過しを恥じたる色あり。
「これは話さ。」
 と口軽に言消して、
「何も見張っていたからって、しようのあるもんじゃあないわね。」
 お貞は面《おもて》晴々しく、しおれし姿きりりとなりて、その音調も気競《きお》いたり。
「しかしね、芳さん、世の中は何という無理なものだろう。ただ式三献《おさかずき》をしたばかりで、夫だの、妻だのッて、妙なものが出来上ってさ。女の身体《からだ》はまるで男のものになって、何をいわれてもはいはいッて、従わないと、イヤ、不貞腐《ふてくされ》だの、女の道を知らないのと、世間でいろんなことをいうよ。
 折角お祖父さんが御丹精で、人並に育ったものを、ただで我ものにしてしまって、誰も難有《ありがた》がりもしないじゃないか。
 それでいて婦人《おんな》はいつも下手《したで》に就いて、無理も御道理《ごもっとも》にして通さねばならないという、そんな勘定に合わないことッちゃあ、あるもんじゃない。どこかへ行こうといったって、良人がならないといえば、はい、起《た》てといえば、はい、寝ろといわれりゃそれも、はい、だわ。
 人間一|人《にん》を縦にしようが、横にしようが、自分の好《すき》な
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