まるで(ちょいとこさ)に肖《に》てるものを、髯があるからなおそっくりだ。」
 お貞は眉を打顰《うちひそ》めて、
「嫌だよ、芳さんは。(ちょいとこさ)はあんまりだわ。でも(ちょいとこさ)と言えばこないだ、小橋の上で、あの(ちょいとこさ)の飴屋《あめや》に逢ったの。ちょうどその時だ。桜に中《ちゅう》の字の徽章《きしょう》の着いた学校の生徒が三人|連《づれ》で、向うから行《ゆ》き違って、一件を見ると声を揃えて、(やあ、西岡先生。)と大笑《おおわらい》をして行き過ぎたが、何のこった知らんと、当座は気が着かずに居たっけがね。何だとさ、学校じゃあ、皆《みんな》がもう良人《うちの》に、(ちょいとこさ)と謂う渾名《あだな》を附けて、蔭じゃあ、そうとほか言わないそうだよ。」
 少年は頭《こうべ》を掉《ふ》れり。
「何の、蔭でいうくらいなら優しいけれど、髯がね、あの学校の雇《やとい》になって、はじめて教場へ出た時に、誰だっけか、(先生、先生の御姓名は?)と聞いたんだって。するとね、ちょうど、後《おく》れて溜《たまり》から入って来た、遠藤ッて、そら知ってるだろう。僕の処《とこ》へもよく遊びに来る、肩のあがっ
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