さあ怒ったの、怒らないのじゃあない。(それでは手前、活計《くらし》のために夫婦になったか。そんな水臭い奴とは知らなんだ。)と顔の色まで変えるから、私は弱ったの、何のじゃない、どうしようかと思ったわ。」

       六

「(なぜ一所に死ぬとは言ってくれない。愛情というものは、そんな淡々《あわあわ》しいものではない。)ッていうのさ。向うからそう出られちゃあ、こっちで何とも言いようが無いわ。
 女郎や芸妓《げいしゃ》じゃあるまいしさ、そんな殺文句が謂《い》われるものかね。でも、旦那の怒りようがひどいので、まあ、さんざあやまってさ。坊やがかすがいで、まずそれッきりで治まったがね、私ゃその時、ああ、執念深い人だと思って、ぞッとして、それからというものは、何だか重荷を背負《しょ》ったようで、今でも肩身が狭いようなの。
 あとでね、あのそら先刻《さっき》いった黒眼鏡ね、(烏蜻蛉《からすとんぼ》見たように、おかしいじゃアありませんか。)と、病気が治ってから聞いたことがあったよ。そうするとね、東京はからッ[#「からッ」に傍点]風で塵埃《ほこり》が酷《ひど》いから、眼を悪くせまいための砂除《す
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