廁《かわや》は井戸に列してそのあわい遠からず、しかも太《いた》く濁りたれば、漉《こ》して飲用に供しおれり。建てて数十年を経たる古家なれば、掃除は手綺麗《てぎれい》に行届きおれども、そこら煤《すす》ぼりて余りあかるからず、すべて少しく陰気にして、加賀金沢の市中にてもこのわたりは浅野川の河畔一帯の湿地《しけち》なり。
 園生は、一重の垣を隔てて、畑造りたる裏町の明地《あきち》に接し、李《すもも》の木、ぐみの木、柿の木など、五六本の樹立《こだち》あり。沓脱《くつぬぎ》は大戸を明けて、直ぐその通庭なる土間の一端にありて、上り口は拭《ふ》き込みたる板敷なり。これに続ける六畳は、店と奥との中の間にて、土地の方言茶の室《ま》と呼べり。その茶の間の一方に長火鉢を据えて、背《うしろ》に竹細工の茶棚を控え、九谷焼、赤絵の茶碗、吸子《きゅうす》など、体裁よく置きならべつ。うつむけにしたる二個《ふたつ》の湯呑《ゆのみ》は、夫婦《めおと》別々の好みにて、対にあらず。
 細君は名をお貞《てい》と謂《い》う、年紀《とし》は二十一なれど、二つばかり若やぎたるが、この長火鉢のむこうに坐《すわ》れり。細面にして鼻筋通り、
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