姉様がわざと縫って寄来《よこ》したもんだから、大事にして着ているんだ。」
「そのせいで似合うのかねえ。」
 とお貞は今更のごとく少年の可憐なる状《さま》ぞ瞻《みまも》られける。水上芳之助は年紀《とし》十六、そのいう処、行う処、無邪気なれどもあどけなからず。辛苦のうちに生《おい》たちて浮世を知れる状見えつ。もののいいぶりはきはきして、齢《よわい》のわりには大人びたり。

       四

 要なければここには省く。少年はお蓮《れん》といえりし渠《かれ》の姉が、少《わか》き時配偶を誤りたるため、放蕩《ほうとう》にして軽薄なる、その夫判事なにがしのために虐遇され、精神的に殺されて入水して果てたりし、一条の惨話を物語りつ。語《ことば》は簡に、意は深く、最もものに同情を表して、動かされ易きお貞をして、悲痛の涙に咽《むせ》ばしめたり。
 語を継ぎて少年言う。
「姉様《ねえさん》もやっぱり酷《ひど》いめにあわされるから、それで髯《ひげ》が嫌なんだろう。」
 折からぶつぶつと湯の沸返《にえかえ》りて、ぱっと立ちたる湯気に驚き、少年は慌《あわただ》しく鉄瓶の蓋《ふた》を外し、お貞は身を斜《ななめ》になりて、茶棚より銅《あかがね》の水差を取下して急がわしく水を注《さ》しつ。
「いいえ、違うよ。私のはまた全く芳さんの姉さんとは反対《あちこち》で、あんまり深切にされるから、もう嫌で、嫌で、ならないんだわ。」
 少年は太《いた》く怪《あやし》み、
「そんな事っちゃアあるもんでない。何だって優しくされて、それで嫌だというがあるものか。」
「まあさ、お聞きなね。深切だといえば深切だが、どちらかといえば執着《しつこ》いのだわ。かいつまんで話すがね、ちょいと聞賃をあげるから。」
 と菓子皿を取出《とりいだ》して、盛りたる羊羹《ようかん》に楊枝《ようじ》を添え、
「一ツおあがり、いまお茶を入替えよう。」
 と吸子の茶殻を、こぼしにあけ、
「芳ちゃんだから話すんだよ。誰にも言っちゃ不可《いけな》いよ。実は私の父親《おとっさん》は、中年から少し気が違ったようになって、とうとうそれでおなくなりなすったがね、親のことをいうようだけれど、母様《おっかさん》は少し了簡違《りょうけんちが》いをして、父親《おとっさん》が病気のあいだに、私には叔父さんだ、弟ごと関着《くッつ》いたの。
 するとお祖父《じい》さんのお計らいで、私が乳《ち》放れをするとすぐに二人とも追出して、御自分で私を育てて、十三の時までお達者だったが、ああ、十四の春だった。中風《ちゅうぶ》でお悩みなすってから、動くことも出来なくおなりで、家《うち》は広し、四方は明地《あきち》で、穴のような処に住んでたもんだから、火事なんぞの心配はないのだけれど、盗賊《どろぼう》にでも入られたら、それこそどうすることもならないのよ。お金子《かね》も少々あったそうだし。
 雇いの婆さんは居たけれど、耳は遠いし、そんなことの助けにゃならず、祖父《おじい》さんの看病も私一人では覚束《おぼつか》なし、確《たしか》な後見をといった処で、また後見なんていうものは、あとでよく間違が出来るものだから、それよりか、いっそ私に……というので、親類中で相談を極《き》めて、とうとうあてがったのが今の旦那なの。
 その頃ちょうど高等中学校を卒業したので、ま、宅《うち》へ来てから、東京へ出て、大学へ入ろうという相談でね、もともと内の緊《しま》りにもなってもらわなきゃあならないというんでさ、わざッと年の違ったのを貰ったもんだから、旦那は二十九で、私は十四。」
 お貞は今吸子に湯をばささんとして、鉄瓶に手を懸けたる、片手を指折りて数えみつ。
「十五の違《ちがい》だね。もっとも晩学だとかいうので、大抵なら二十五六で、学士になるのが多いってね。」
「無論さ。」
 と少年は傾聴しながら喙《くち》を容《い》れたり。
 お貞は煎茶を汲出《くみい》だして、まず少年に与えつつ、
「何だか知らないけれど、御婚礼をした時分は、嬉しくもなく、恐《こわ》くもなく、まるで夢中で、何とも思やしなかったが、実はおじいさんと二人ばかりで、他所《よそ》の人の居ない方が、御膳《ごぜん》を頂く時やなんか、私ゃ気が置けなくて可《よ》かったわ。
 変に気が詰まって、他人《ひと》の内へ泊《とまり》にでも行ったようで、窮屈で、つまらなくッて、思ってみればその時分から旦那が嫌いだったかも知れないよ。でも大方甘やかされた癖で、我儘《わがまま》の方が勝ってたのであろうと思う。
 そのうちお祖父さんも安心をなすったせいか、大層気分も好《よ》くなるし、いよいよ旦那が東京へたつというので、祝ってたたしたお酒の座で、ちっと飲《のみ》ようが多かったのがもとになってね、旦那が出発をしたそのおひるすぎに、お祖父|様《さん》
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