そのそ入って、ずうずうしく上り込んで、追ってもにげるような優しいんじゃない。
 隣の小猫はまた小猫で、それ井戸は隣と二軒で使うもんだから、あすこの隔《へだて》から入って来ちゃあ、畳でも、板の間でも、ニャアニャア鳴いて歩行《ある》くわ。
 隣の猫のこッたから、あのまた女房《おかみ》が大抵じゃないのだからね、(家《うち》の猫を)なんて言われるが嫌さに、打《ぶ》つわけにはもとよりゆかず、二三度干物でも遣ったものなら、可いことにして、まつわって、からむも可いけれど、芳さん、ありゃ猫の疱瘡《ほうそう》とでもいうのかしら。からだじゅう一杯のできもの[#「できもの」に傍点]で、一々|膿《うみ》をもって、まるで、毛が抜けて、肉があらわれてね、汚なくって手もつけられないよ。それがさ、昨夜《ゆうべ》も蚊帳《かや》の中へ入込んで、寝ていた足をなめたのよ。何の因果だか、もうもう猫にまで取着《とッつ》かれる。」
 と投ぐるがごとく言いすてつ。苦笑《にがわらい》して呟《つぶや》きたり。
「ほんとうに泣《なく》より笑《わらい》だねえ。」

       十三

 お貞の言《ことば》途絶えたる時、先刻《さっき》より一言《ひとこと》も、ものいわで渠《かれ》が物語を味いつつ、是非の分別にさまよえりしごとき芳之助の、何思いけん呵々《からから》と笑い出して、
「ははは、姉様《ねえさん》は陰弁慶だ。」
 お貞は意外なる顔色《かおつき》にて、
「芳さん、何が陰弁慶だね。」
「だってそんなに決心をしていながら、一体僕の分らないというのはね、人ががらりと戸を明けると、眼に着くほどびっくりして、どきり! する様子が確《たしか》に見えるのは、どういうものだろう。髯《ひげ》の留守に僕と談話《はなし》でもしている処へ唐突《だしぬけ》に戸外《おもて》があけば、いま姉様がいった世間《よのなか》の何とかで、吃驚《びっくり》しないにも限らないが、こうしてみるに、なにもその時にゃ限らないようだ。いつでもそうだから可笑《おかし》いじゃないか。それに姉様のは口でいうと反対で、髯の前じゃおどおどして、何だか無暗《むやみ》に小さくなって、一言ものをいわれても、はッと呼吸《いき》のつまるように、おびえ切っている癖に。今僕に話すようじゃ、酸いも、甘いも、知っていて、旦那を三銭《さんもん》とも思ってやしない。僕が二厘の湯銭の剰銭《つり》で、(ち
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