ら、しまいにゃあ泣声で、(私には出来ません、先生々々。)と呼ぶと、顔も動《うごか》さなけりゃ、見向きもしないで、(遣ってみるです。)というッきりで、取附《とりつく》島も何にもないと。それでも遣ってみても出来そうもない奴は、立ったり、居たり、ボウルドの前へ出ようとして中戻《ちゅうもどり》をしたり、愚図《ぐず》々々|迷《まご》ついてる間に、柝《たく》が鳴って、時間が済むと、先生はそのまんまでフイと行ってしまうんだッて。そんな時あ問題を一つ見たばかりで、一時間まる遊び。」
七
「だから、西岡は何でも一方に超然として、考えていることがあるんだろう。えらい! という者もあるよ。」
お貞は「何の。」という顔色《かおつき》。
「考えてるッて、大方内のことばかり考えてて、何をしても手が附かないでいるんだろう。聞いて御覧、芳さんが来てからは、また考えようがいっそきびしいに相違《ちがい》ないから。何だって、またあの位、嫉妬《しっと》深い人もないもんだね。
前にも談《はな》した通り、旦那はね、病気で帰省をしてから、それなり大学へは行《ゆ》かないで、ただぶらぶらしていたもんだから、沢山《たんと》ないお金子《かね》も坐食《いぐい》の体《てい》でなくなるし、とうとう先《せん》に居た家《うち》を売って、去々年《おととし》ここの家へ引越したの。
それでもまあ方々から口があって、みんな相当で、悪くもなくって、中でも新潟県だった、師範学校のね芳さん、校長にされたのよ。校長は可《い》いけれど、私は何だか一所に居るのが嫌だから、金沢に残ることにして、旦那ばかり、任地《あっち》へ行くようにという相談をしたが不可《いけ》なくって、とうとう新潟くんだりまで、引張《ひっぱ》り出されたがね。どういうものか、嫌で、嫌で、片時も居たたまらなくッてよ。金沢へ帰りたい帰りたいで、例の持病で、気が滅入《めい》っちゃあ泣いてばかり。
旦那が学校から帰って来ても、出迎《でむかえ》もせず俯向《うつむ》いちゃあ泣いてるもんだから、
(ああ、またか。)となさけなそうに言っちゃあ、しおれて書斎へ入って行ったの。別につらあて[#「つらあて」に傍点]というンじゃあ決してなかったんだけれど、ほんとうに帰りたかったんだもの。
旦那もとうとう我《が》を折って(それじゃあ帰るが可い、)というお許しが出ると、直ぐに元気づい
前へ
次へ
全34ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング