》にて、杉谷という村は、山もて囲まれたる湿地にて、菅《すげ》の産地なり。この村の何某《なにがし》、秋の末つ方、夕暮の事なるが、落葉を拾いに裏山に上り、岨道《そばみち》を俯向《うつむ》いて掻込《かきこ》みいると、フト目の前に太く大《おおい》なる脚、向脛《むこうずね》のあたりスクスクと毛の生えたるが、ぬいとあり。我にもあらず崖を一なだれにころげ落ちて、我家の背戸に倒れ込む。そこにて吻《ほっ》と呼吸《いき》して、さるにても何にかあらんとわずかに頭《こうべ》を擡《もた》ぐれば、今見し処に偉大なる男の面《つら》赤きが、仁王立ちに立《たち》はだかりて、此方《こなた》を瞰下《みお》ろし、はたと睨《にら》む。何某はそのまま気を失えりというものこれなり。
毛だらけの脚にて思出す。以前読みし何とかいう書なりし。一人の旅商人《たびあきゅうど》、中国辺の山道にさしかかりて、草刈りの女に逢う。その女、容目《みめ》ことに美しかりければ、不作法に戯れよりて、手をとりてともに上る。途中にて、その女、草鞋《わらじ》解けたり。手をはなしたまえ、結ばんという。男おはむきに深切だてして、結びやるとて、居屈《いかが》みしに、
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