おうせん》に分入りて、黄金の山葵《わさび》を拾いたりというに類す。類すといえども、かくのごときは何となく金玉の響《ひびき》あるものなり。あえて穿鑿《せんさく》をなすにはあらず、一部の妄誕《もうたん》のために異霊《いれい》を傷《きずつ》けんことを恐るればなり。
また、事の疑うべきなしといえども、その怪の、ひとり風の冷き、人の暗き、遠野郷にのみ権威ありて、その威の都会に及び難きものあるもまた妙なり。山男に生捕られて、ついにその児《こ》を孕《はら》むものあり、昏迷《こんめい》して里に出《い》でずと云う。かくのごときは根子立《ねこだち》の姉《あねえ》のみ。その面《おもて》赤しといえども、その力大なりといえども、山男にて手を加えんとせんか、女が江戸児《えどっこ》なら撲倒《はりたお》す、……御一笑あれ、国男の君。
物語の著者も知らるるごとく、山男の話は諸国到る処にあり。雑書にも多く記したれど、この書に選まれたるもののごとく、まさしく動き出づらん趣あるはほとんどなし。大抵は萱《かや》を分けて、ざわざわざわと出で来り、樵夫《きこり》が驚いて逃げ帰るくらいのものなり。中には握飯を貰いて、ニタニタと打喜び、材木を負うて麓《ふもと》近くまで運び出すなどいうがあり。だらしのなき脊高《のっぽ》にあらずや。そのかわり、遠野の里の彼のごとく、婦《おんな》にこだわるものは余り多からず。折角の巨人、いたずらに、だだあ、がんまの娘を狙《ねろ》うて、鼻の下の長きことその脚のごとくならんとす。早地峰《はやちね》の高仙人、願《ねがわ》くは木《こ》の葉の褌《こん》を緊一番せよ。
さりながらかかる太平楽を並ぶるも、山の手ながら東京に棲《す》むおかげなり。
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奥州……花巻より十余里の路上には、立場《たてば》三ヶ所あり。その他はただ青き山と原野なり。人煙の稀少《まれ》なること北海道石狩の平野よりも甚し。
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と言われたる、遠野郷に、もし旅せんに、そこにありてなおこの言《ことば》をなし得んか。この臆病《おくびょう》もの覚束《おぼつか》なきなり。北国にても加賀越中は怪談多く、山国ゆえ、中にも天狗の話は枚挙するに遑《いとま》あらねど、何ゆえか山男につきて余り語らず、あるいは皆無にはあらずやと思う。ただ越前には間々あり。
近ごろある人に聞く、福井より三里|山越《やまごえ
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