残って、私の目に見えたんだ。
 ね、だからそれが記念《かたみ》なんだ。お君さん、母様《おっかさん》の顔が見えたでしょう、見えたでしょう。一心におなんなさい、私がきっと請合《うけあ》う、きっと見える。可哀相《かわいそう》に、名、名も知らんのか。」
 と云って、ぶるぶると震《ふる》える手を、しっかと取った。が、冷いので、あなやと驚《おどろ》き、膝を突《つッ》かけ、背《せな》を抱《いだ》くと、答えがないので、慌《あわ》てて、引起して、横抱きに膝へ抱《いだ》いた。
 慌《あわただ》しい声に力を籠《こ》めつつ、
「しっかりおし、しっかりおし、」
 と涙ながら、そのまま、じっと抱《だき》しめて、
「母様《おっかさん》の顔は、※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、326−15]《ねえ》さんの姿は、私の、謙造の胸にある!」
 とじっと見詰《みつ》めると、恍惚《うっとり》した雪のようなお君の顔の、美しく優しい眉《まゆ》のあたりを、ちらちらと蝶《ちょう》のように、紫の影が行交《ゆきか》うと思うと、菫《すみれ》の薫《かおり》がはっとして、やがて縋《すが》った手に力が入った。
 
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