っけばら》いだと見えて、本堂も廊下《ろうか》も明っ放し……で誰《だれ》も居ない。
座敷《ざしき》のここにこの机が出ていた。
机の向うに薄くこう婦人《おんな》が一人、」
お君はさっと蒼くなる。
「一生懸命にお聞きよ。それが、あなたの母様《おっかさん》だったんだから。
高髷《たかまげ》を俯向《うつむ》けにして、雪のような頸脚《えりあし》が見えた。手をこうやって、何か書ものをしていたろう。紙はあったが、筆は持っていたか、そこまでは気がつかないが、現に、そこに、あなたとちょうど向い合せの処、」
正面の襖《ふすま》は暗くなった、破れた引手《ひきて》に、襖紙の裂《さ》けたのが、ばさりと動いた。お君は堅《かた》くなって真直に、そなたを見向いて、瞬《またたき》もせぬのである。
「しっかりして、お聞き、恐くはないから、私が居るから、」と謙造は、自分もちょいと本堂の今は煙《けむり》のように見える、白き戸帳《とばり》を見かえりながら、
「私がそれを見て、ああ、肖《に》たようなとぞっとした時、そっと顔を上げて、莞爾《にっこり》したのが、お向うのその※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−5
前へ
次へ
全48ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング