二

「何だ、もう帰ったのか。」
「ええ、」
「だってお気の毒様だと云《い》うじゃないか。」
「ほんとに性急《せっかち》でいらっしゃるよ。誰も帰ったとも何とも申上げはしませんのに。いいえ、そうじゃないんですよ。お気の毒様だと申しましたのは、あなたはきっと美しい※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、286−4]《ねえ》さんだと思っておいでなさいましょう。でしょう、でしょう。
 ところが、どうして、跛《びっこ》で、めっかちで、出尻《でっちり》で、おまけに、」
 といいかけて、またフンと嗅《か》いで、
「ほんとにどうしたら、こんな良《い》い匂《におい》が、」
 とひょいと横を向いて顔を廊下《ろうか》へ出したと思うと、ぎょッとしたように戸口を開いて、斜《はす》ッかけに、
「あら、まあ!」
「お伺《うかが》い下すって?」
 と内端《うちわ》ながら判然《はっきり》とした清《すずし》い声が、壁《かべ》に附《つ》いて廊下で聞える。
 女中はぼッとした顔色《かおつき》で、
「まあ!」
「お帳場にお待ち申しておりましたんですけれども、おかみさんが二階へ行っていい
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