よ。」
と火鉢の縁《ふち》に軽く肱《ひじ》を凭《も》たせて、謙造は微笑《ほほえ》みながら、
「本来なら、こりゃお前さんがたが、客へお世辞《せじ》に云う事だったね。誰かに肖《に》ていらっしゃるなぞと思わせぶりを……ちと反対《あちこち》だったね。言いました。ああ、肖ている、肖ているッて。
そうです、確《たしか》にそう云った事を覚えているよ。」
お君は敷《し》けと云って差出された座蒲団《ざぶとん》より膝薄《ひざうす》う、その傍《かたわら》へ片手をついたなりでいたのである。が、薄化粧《うすげしょう》に、口紅《くちべに》濃《こ》く、目のぱっちりした顔を上げて、
「よその方が、誰かに肖ているとお尋ねなさいましたから、あなたがどうお返事を遊ばすかと存じまして、私は極《きまり》が悪うございましたけれども、そっと気をつけましたんですが、こういう処で話をする事ではない。まあまあ、とおっしゃって、それ切りになりましたのでございます。」
謙造は親しげに打頷《うちうなず》き、
「そうそうそう云いました。それが耳に入って気になったかね、そうかい。」
「いいえ、」とまた俯向いて、清らかな手巾《ハンケチ》を、袂の中で引靡《ひきなび》けて、
「気にいたしますの、なんのって、そういうわけではございません。あの……伺《うかが》いました上で、それにつきまして少々お尋《たず》ねしたいと存じまして。」と俯目《ふしめ》になった、睫毛《まつげ》が濃い。
「聞きましょうとも。その肖たという事の次第《わけ》を話すがね、まあ、もっとお寄んなさい。大分《だいぶ》眩《まぶ》しそうだ。どうも、まともに日が射すからね。さあ、遠慮をしないで、お敷きなさい。こうして尋ねて来なすった時はお客様じゃないか。威張《いば》って、威張って。」
「いいえ、どういたしまして、それでは……」
しかし眩《まば》ゆかったろう、下掻《したがい》を引いて座《ざ》をずらした、壁《かべ》の中央《なかば》に柱が許《もと》、肩に浴《あ》びた日を避《よ》けて、朝顔はらりと咲きかわりぬ。
「実はもうちっと間《ま》があると、お前さんが望みとあれば、今夜にもまた昨夜《ゆうべ》の家へ出向いて行って、陽気に一つ話をするんだがね、もう東京へ発程《たつ》んだからそうしてはいられない。」
「はい、あの、私もそれを承りましたので、お帰りになりません前《さき》と存じまして、
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