の高髷《たかまげ》ふっくりした前髪《まえがみ》で、白茶地《しらちゃじ》に秋の野を織出した繻珍《しゅちん》の丸帯、薄手にしめた帯腰|柔《やわらか》に、膝《ひざ》を入口に支《つ》いて会釈《えしゃく》した。背負上《しょいあ》げの緋縮緬《ひぢりめん》こそ脇《わき》あけを漏《も》る雪の膚《はだ》に稲妻《いなづま》のごとく閃《ひらめ》いたれ、愛嬌《あいきょう》の露《つゆ》もしっとりと、ものあわれに俯向《うつむ》いたその姿、片手に文箱《ふばこ》を捧《ささ》げぬばかり、天晴《あっぱれ》、風采《ふうさい》、池田の宿《しゅく》より朝顔《あさがお》が参って候《そうろう》。
 謙造は、一目見て、紛《まご》うべくもあらず、それと知った。
 この芸妓《げいしゃ》は、昨夜《ゆうべ》の宴会《えんかい》の余興《よきょう》にとて、催《もよお》しのあった熊野《ゆや》の踊《おどり》に、朝顔に扮《ふん》した美人である。
 女主人公《じょしゅじんこう》の熊野を勤《つと》めた婦人は、このお腰元に較《くら》べていたく品形《しなかたち》が劣《おと》っていたので、なぜあの瓢箪《ひょうたん》のようなのがシテをする。根占《ねじめ》の花に蹴落《けお》されて色の無さよ、と怪《あやし》んで聞くと、芸も容色《きりょう》も立優《たちまさ》った朝顔だけれど、――名はお君という――その妓《こ》は熊野を踊《おど》ると、後できっと煩《わず》らうとの事。仔細《しさい》を聞くと、させる境遇《きょうぐう》であるために、親の死目に合わなかったからであろう、と云った。
 不幸で沈んだと名乗る淵《ふち》はないけれども、孝心なと聞けば懐《なつか》しい流れの花の、旅の衣《ころも》の俤《おもかげ》に立ったのが、しがらみかかる部屋の入口。
 謙造はいそいそと、
「どうして。さあ、こちらへ。」
 と行儀《ぎょうぎ》わるく、火鉢を斜《なな》めに押出《おしだ》しながら、
「ずっとお入んなさい、構やしません。」
「はい。」
「まあ、どうしてね、お前さん、驚《おどろ》いた。」と思わず云って、心着くと、お君はげっそりとまた姿が痩《や》せて、極《きま》りの悪そうに小さくなって、
「済みませんこと。」
「いやいや、驚いたって、何に、その驚いたんじゃない。はははは、吃驚《びっくり》したんじゃないよ。まあ、よく来たねえ。」

     三

「その事で。ああ、なるほど言いました
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