おせに、恐入った体《てい》して、肩からずり下って、背中でお叩頭《じぎ》をして、ポンと浮上ったように顔を擡《もた》げて、鼻をひこひこと行《や》った。この謙斎坊さんは、座敷は暖かだし、精を張って、つかまったから、十月の末だと云うのに、むき身|絞《しぼり》の襦袢《じゅばん》、大肌脱《おおはだぬぎ》になっていて、綿八丈の襟の左右へ開《はだ》けた毛だらけの胸の下から、紐《ひも》のついた大蝦蟇口《おおがまぐち》を溢出《はみだ》させて、揉んでいる。
「で、旦那《だんな》、身投げがござりましてから、その釜ヶ淵……これはただ底が深いというだけの事でありましょうで、以来そこを、提灯《ちょうちん》ヶ淵――これは死にます時に、小一が冥途《めいど》を照しますつもりか、持っておりましたので、それに、夕顔ヶ淵……またこれは、その小按摩に様子が似ました処から。」
「いや、それは大したものだな。」
 くわっ、とただ口を開けて、横向きに、声は出さずに按摩が笑って、
「ところが、もし、顔が黄色膨れの頭でっかち、えらい出額《おでこ》で。」
「それじゃあ、夕顔の方で迷惑だろう。」
「御意で。」
 とまた一つ、ずり下りざまに叩頭
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