に裾を巻いて、毛を蓬《おどろ》に落ちかかったのは、虚空に消えた幽霊である。と見ると顔が動いた、袖へ毛だらけの脚が生え、脇腹の裂目に獣の尾の動くのを、狐とも思わず、気は確《たしか》に、しかと犬と見た。が、人の香を慕ったか、そばえて幽霊を噛《か》みちらし、まつわり振った、そのままで、裾を曳《ひ》いて、ずるずると寄って来るのに、はらはらと、慌《あわただ》しく踵《きびす》を返すと、坂を落ち下りるほどの間《ま》さえなく、帯腰へ疾《と》く附着《くッつ》いて、ぶるりと触るは、髪か、顔か。
 花の吹雪に散るごとく、裾も袖も輪に廻って、夫人は朽ち腐れた破屋の縁へ飛縋《とびすが》った。
「誰か、誰方《どなた》か、誰方か。」
「うう、うう。」
 と寝惚声《ねぼけごえ》して、破障子《やぶれしょうじ》[#ルビの「しょうじ」は底本では「しやうじ」]を開けたのは、頭も、顔も、そのままの小一按摩の怨念であった。
「あれえ。」
 声は死んで、夫人は倒れた。
 この声が聞えるのには間遠《まどお》であった。最愛最惜の夫人の、消息の遅さを案じて、急心《せきごころ》に草を攀《よ》じた欣七郎は、歓喜天の御堂より先に、たとえば孤屋
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