わし》どもの袂《たもと》には、あっても人魂《ひとだま》でしてな。」
すたすたと分れたのが、小上《このぼ》りの、畦《あぜ》を横に切れて入った。
「坊主らしいな。……提灯の蝋燭を配るのかと思ったが。」
俗ではあったが、うしろつきに、欣七郎がそう云った。
そう言った笑顔に。――自分が引添うているようで、現在《いま》、朝湯の前でも乳のほてり、胸のときめきを幹でおさえて、手を遠見に翳《かざ》すと、出端《でばな》のあし許《もと》の危《あやう》さに、片手をその松の枝にすがった、浮腰を、朝風が美しく吹靡《ふきなび》かした。
しさって褄《つま》を合せた、夫に対する、若き夫人の優しい身だしなみである。
まさか、この破屋に、――いや、この松と、それより梢《こずえ》の少し高い、対《つい》の松が、破屋の横にややまた上坂《のぼりざか》の上にあって、根は分れつつ、枝は連理に連《つらな》った、濃い翠《みどり》の色越《いろごし》に、額を捧げて御堂がある。
夫人は衣紋《えもん》を直しつつ近着いた。
近づくと、
「あッ、」
思わず、忍音《しのびね》を立てた――見透《みすか》す六尺ばかりの枝に、倒《さかさま》
前へ
次へ
全48ページ中45ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング