の端《は》に松が一樹。幹のやさしい、そこの見晴しで、ちょっと下に待つ人を見ようと思ったが、上って来た方は、紅甍《こうぼう》[#ルビの「こうぼう」は底本では「こうばう」]と粉壁《ふんぺき》と、そればかりで夫は見えない。あと三方はまばらな農家を一面の畑の中に、弘法大師[#「弘法大師」は底本では「引法大師」]奥の院、四十七町いろは道が見えて、向うの山の根を香都良川が光って流れる。わきへ引込んだ、あの、辻堂の小さく見える処まで、昨日、午《ひる》ごろ夫婦《ふたり》で歩行《ある》いた、――かえってそこに、欣七郎の中折帽が眺められるようである。
ああ、今朝もそのままな、野道を挟んだ、飾竹に祭提灯の、稲田ずれに、さらさらちらちらと風に揺れる処で、欣七郎が巻煙草《まきたばこ》を出すと、燐寸《マッチ》を忘れた。……道の奥の方から、帽子も被《かぶ》らないで、土地のものらしい。霜げた若い男が、蝋燭《ろうそく》を一束買ったらしく、手にして来たので、湯治場の心安さ、遊山《ゆさん》気分で声を掛けた。
「ちょいと、燐寸はありませんか。」
ぼんやり立停《たちどま》って、二人を熟《じっ》と視《み》て、
「はい、私《
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