茸《はつたけ》の残り、乾《から》びた占地茸《しめじ》もまだあるだろう、山へ行く浴客も少くなかった。
 お桂さんたちも、そぞろ歩行《ある》きした。掛稲《かけいね》に嫁菜の花、大根畑に霜の濡色も暖い。
 畑中の坂の中途から、巨刹《おおでら》の峰におわす大観音に詣でる広い道が、松の中を上《のぼ》りになる山懐《やまふところ》を高く蜒《うね》って、枯草葉の径《こみち》が細く分れて、立札の道しるべ。歓喜天御堂、と指《ゆびさ》して、……福徳を授け給う……と記してある。
「福徳って、お金ばかりじゃありませんわ。」
 欣七郎は朝飯《あさはん》前の道がものういと言うのに、ちょいと軽い小競合《こぜりあい》があったあとで、参詣《おまいり》の間を一人待つ事になった。
「ここを、……わきへ去《い》っては可厭《いや》ですよ……一人ですから。」
 お桂さんは勢《いきおい》よく乾いた草を分けて攀《よ》じ上った。欣七郎の目に、その姿が雑樹《ぞうき》に隠れた時、夫人の前には再びやや急な石段が顕《あら》われた。軽く喘《あえ》いで、それを上ると、小高い皿地の中窪みに、垣も、折戸もない、破屋《あばらや》が一軒あった。
 出た、山
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