《ひとつや》の縁外《えんそと》の欠けた手水鉢《ちょうずばち》に、ぐったりと頤《あご》をつけて、朽木の台にひざまずいて縋った、青ざめた幽霊を見た。
横ざまに、杖《ステッキ》で、敲《たた》き払った。が、人気勢《ひとげはい》のする破障子《やれしょうじ》を、及腰《およびごし》に差覗《さしのぞ》くと、目よりも先に鼻を撲《う》った、このふきぬけの戸障子にも似ず、したたかな酒の香である。
酒ぎらいな紳士は眉をひそめて、手巾《ハンケチ》で鼻を蔽《おお》いながら、密《そっ》と再び覗《のぞ》くと斉《ひと》しく、色が変って真蒼《まっさお》になった。
竹の皮散り、貧乏徳利の転《ころが》った中に、小一按摩は、夫人に噛《かじ》りついていたのである。
読む方は、筆者が最初に言ったある場合を、ごく内端《うちわ》に想像さるるが可《い》い。
小一に仮装したのは、この山の麓《ふもと》に、井菊屋の畠の畑つくりの老僕と日頃懇意な、一人棲《ひとりずみ》の堂守であった。
[#地から1字上げ]大正十四(一九二五)年三月
底本:「泉鏡花集成7」ちくま文庫、筑摩書房
1995(平成7)年12月4日第1刷発行
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