と、――ここは、いまの新石橋が架《かか》らない以前に、対岸から山伝いの近道するのに、樹の根、巌角《いわかど》を絶壁に刻んだ径《こみち》があって、底へ下りると、激流の巌から巌へ、中洲の大巌で一度中絶えがして、板ばかりの橋が飛々《とびとび》に、一煽《ひとあお》り飜って落つる白波のすぐ下流は、たちまち、白昼も暗闇《やみ》を包んだ釜ヶ淵なのである。
 そのほとんど狼の食い散《ちら》した白骨のごとき仮橋の上に、陰気な暗い提灯の一つ灯《び》に、ぼやりぼやりと小按摩が蠢《うご》めいた。
 思いがけない事ではない。二人が顔を見合せながら、目を放さず、立つうちに、提灯はこちらに動いて、しばらくして一度、ふわりと消えた。それは、巌《いわ》の根にかくれたので、やがて、縁日ものの竜燈のごとく、雑樹《ぞうき》の梢《こずえ》へかかった。それは崖へ上って街道へ出たのであった。
 ――その時は、お桂の方が、衝《つ》と地蔵の前へ身を躱《かわ》すと、街道を横に、夜泣松の小按摩の寄る処を、
「や、御趣向だなあ。」と欣七郎が、のっけに快活に砕けて出て、
「疑いなしだ、一等賞。」
 小按摩は、何も聞かない振《ふり》をして、蛙《
前へ 次へ
全48ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング