褄《つま》が幻のもみじする、小流《こながれ》を横に、その一条《ひとすじ》の水を隔てて、今夜は分けて線香の香の芬《ぷん》と立つ、十三地蔵の塚の前には外套《がいとう》にくるまって、中折帽《なかおれぼう》を目深《まぶか》く、欣七郎が杖《ステッキ》をついて彳《たたず》んだ。
(――実は、彼等が、ここに夜泣松の下を訪れたのは、今夜これで二度めなのであった――)
 はじめに。……話の一筋が歯に挟《はさま》ったほどの事だけれど、でも、その不快について処置をしたさに、二人が揃って、祭の夜《よ》を見物かたがた、ここへ来た時は。……「何だ、あの謙斎か、按摩め。こくめいで律儀らしい癖に法螺《ほら》を吹いたな。」そこには松ばかり、地蔵ばかり、水ばかり、何の影も見えなかった。空の星も晃々《きらきら》として、二人の顔も冴々《さえざえ》と、古橋を渡りかけて、何心なく、薬研《やげん》の底のような、この横流《よこながれ》の細滝に続く谷川の方を見ると、岸から映るのではなく、川瀬に提灯が一つ映った。
 土地を知った二人が、ふとこれに心を取られて、松の方《かた》へ小戻りして、向合った崖縁に立って、谿河《たにがわ》を深く透かす
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