の薄さに、植込の常磐木《ときわぎ》の影もあらわな、夫人の前へ寄って来た。
 赤鬼が最も著しい造声《つくりごえ》で、
「牛頭《ごず》よ、牛頭よ、青牛よ。」
「もうー、」
 と牛の声で応じたのである。
「やい、十三塚にけつかる、小按摩な。」
「もう。」
「これから行って、釜へ打込《ぶちこ》め。」
「もう。」
「そりゃ――歩《あゆ》べい。」
「もう。」
「ああ、待って。」
 お桂さんは袖を投げて一歩《ひとあし》して、
「待って下さいな。」
 と釜のふちを白い手で留めたと思うと、
「お熱々《つつ》。」
 と退《すさ》って耳を圧《おさ》えた。わきあけも、襟も、乱るる姿は、電燭《でんき》の霜に、冬牡丹《ふゆぼたん》の葉ながらくずるるようであった。

       四

「小一さん、小一さん。」
 たとえば夜の睫毛《まつげ》のような、墨絵に似た松の枝の、白張《しらはり》の提灯は――こう呼んで、さしうつむいたお桂の前髪を濃く映した。
 婀娜《あだ》にもの優しい姿は、コオトも着ないで、襟に深く、黒に紫の裏すいた襟巻をまいたまま、むくんだ小按摩の前に立って、そと差覗《さしのぞ》きながら言ったのである。
 
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