摩で、びくとも動かないでいる。……と言うのであった。
 ――これを云った謙斎は、しかし肝心な事を言いわすれた、あとで分ったが、誘うにも、同行を促すにも、なかまがこもごも声を掛けたのに、小按摩は、おくびほども口を利かない。「ぴい、ぷう。」舌のかわりに笛を。「ぴいぷう」とただ笛を吹いた。――

 半ば聞ずてにして、すっと袖の香とともに、花の座敷を抜けた夫人は、何よりも先にその真偽のほどを、――そんな事は遊びずきだし一番|明《あかる》い――半助に、あらためて聞こうとした。懸念に処する、これがお桂のこの場合の第一の手段であったが。……
 居ない。
「おや、居ないの。」
 一層袖口を引いて襟冷く、少しこごみ腰に障子の小間《こま》から覗くと、鉄の大火鉢ばかり、誰も見えぬ。
「まあ。」
 式台わきの横口にこう、ひょこりと出るなり、モオニングのひょろりとしたのが、とまずシルクハットを取って高慢に叩頭《おじぎ》したのは……
「あら。」
 附髯《つけひげ》をした料理番。並んで出たのは、玄関下足番の好男子で、近頃夢中になっているから思いついた、頭から顔一面、厚紙を貼って、胡粉《ごふん》で潰《つぶ》した、不断
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