しい魂が、我身を抜けて、うしろ向きに、気もそぞろに走る影がして、ソッと肩をすぼめたなりに、両袖を合せつつ呼んだのである。
「半助さん……」ここで踊屋台を視《み》た、昼の姿は、鯉を遊ばせた薄《うす》もみじのさざ波であった。いまは、その跡を慕って大鯰《おおなまず》が池から雫《しずく》をひたひたと引いて襲う気勢《けはい》がある。
謙斎の話は、あれからなお続いて、小一の顕われた夜泣松だが、土地の名所の一つとして、絵葉書で売るのとは場所が違う。それは港街道の路傍《みちばた》の小山の上に枝ぶりの佳いのを見立てたので。――真の夜泣松は、汽車から来る客たちのこの町へ入る本道に、古い石橋の際に土をあわれに装《も》って、石地蔵が、苔蒸《こけむ》し、且つ砕けて十三体。それぞれに、樒《しきみ》、線香を手向けたのがあって、十三塚と云う……一揆《いっき》の頭目でもなし、戦死をした勇士でもない。きいても気の滅入《めい》る事は、むかし大饑饉《おおききん》の年、近郷から、湯の煙を慕って、山谷《さんこく》を這出《はいで》て来た老若男女《ろうにゃくなんにょ》の、救われずに、菜色して餓死した骨を拾い集めて葬ったので、その
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