、鯉の影が悠然と浮いて泳いで、見ぶつに交った。ひとりお桂さんの姿を、肩を、褄《つま》を、帯腰を、彩ったものであった。
 この夫婦は――新婚旅行の意味でなく――四五年来、久しぶりに――一昨日温泉へ着いたばかりだが、既に一週間も以前から、今日の祝日の次第、献立|書《がき》が、処々《ところどころ》、紅《くれない》の二重圏点つきの比羅《びら》になって、辻々、塀、大寺の門、橋の欄干に顕《あら》われて、芸妓《げいしゃ》の屋台囃子《やたいばやし》とともに、最も注意を引いたのは、仮装行列の催《もよおし》であった。有志と、二重圏点、かさねて、飛入勝手次第として、祝賀委員が、審議の上、その仮装の優秀なるものには、三等まで賞金美景を呈すとしたのに、読者も更《あらた》めて御注意を願いたい。
 だから、踊屋台の引いて帰る囃子の音に誘われて、お桂が欣七郎とともに町に出た時は、橋の上で弁慶に出会い、豆府屋から出る緋縅《ひおどし》の武者を見た。床屋の店に立掛《たちかか》ったのは五人男の随一人、だてにさした尺八に、雁《かり》がねと札を着けた。犬だって浮かれている。石垣下には、鶩《あひる》が、がいがいと鳴立てた、が、それ
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