はいられない。
 何年めかに一度という書入れ日がまた快晴した。
 昼は屋台が廻って、この玄関前へも練込んで来て、芸妓連《げいしゃれん》は地に並ぶ、雛妓《おしゃく》たちに、町の小女《こおんな》が交《まじ》って、一様の花笠で、湯の花踊と云うのを演《や》った。屋台のまがきに、藤、菖蒲《あやめ》、牡丹《ぼたん》の造り花は飾ったが、その紅紫の色を奪って目立ったのは、膚脱《はだぬぎ》の緋《ひ》より、帯の萌葱《もえぎ》と、伊達巻の鬱金《うこん》縮緬《ちりめん》で。揃って、むら兀《はげ》の白粉《おしろい》が上気して、日向《ひなた》で、むらむらと手足を動かす形は、菜畠《なばたけ》であからさまに狐が踊った。チャンチキ、チャンチキ、田舎の小春の長閑《のどけ》さよ。
 客は一統、女中たち男衆《おとこしゅ》まで、挙《こぞ》って式台に立ったのが、左右に分れて、妙に隅を取って、吹溜《ふきだま》りのように重《かさな》り合う。真中《まんなか》へ拭込《ふきこ》んだ大廊下が通って、奥に、霞へ架けた反橋《そりはし》が庭のもみじに燃えた。池の水の青く澄んだのに、葉ざしの日加減で、薄藍《うすあい》に、朧《おぼろ》の銀に、青い金に
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