は暗し、また雪と申すのが御存じの通り、当館切っての北国《ほっこく》で、廊下も、それは怪《け》しからず陰気だそうでござりますので、わしどもでも手さぐりでヒヤリとします。暗い処を不意に開けては、若いお娘ご、吃驚《びっくり》もなさろうと、ふと遠慮して立たっせえた。……お通りすがりが、何とも申されぬいい匂で、その香をたよりに、いきなり、横合の暗がりから、お白い頸《えり》へ噛《かじ》りついたものがござります。」……
「…………」
「声はお立てになりません、が、お桂様が、少し屈《かが》みなりに、颯《さっ》と島田を横にお振りなすった、その時カチリと音がしました。思わず、えへんと咳《せき》をして、御老体が覗《のぞ》いてござった障子の破れめへそのまま手を掛けて、お開けなさると、するりと向うへ、お桂様は庭の池の橋がかりの上を、両袖を合せて、小刻みにおいでなさる。蝙蝠《こうもり》だか、蜘蛛だか、奴《やっこ》は、それなり、その角の片側の寝具部屋《やぐべや》へ、ごそりとも言わず消えたげにござりますがな。
 確《たしか》に、カチリと、簪《かんざし》の落ちた音。お拾いなすった間もなかったがと、御老体はお目敏《めざと
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