ぷう。」
「小一さん。」
「ぴい、ぷう。」
「大島屋の娘はね、幽霊になってしまったのよ。」
 と一歩《ひとあし》ひきさま、暗い方に隠れて待った、あの射的店の幽霊を――片目で覗いていた方のである――竹棹《たけざお》に結《ゆわ》えたなり、ずるりと出すと、ぶらりと下って、青い女が、さばき髪とともに提灯を舐《な》めた。その幽霊の顔とともに、夫人の黒髪、びん掻《かき》に、当代の名匠が本質《きじ》へ、肉筆で葉を黒漆《くろうるし》一面に、緋《ひ》の一輪椿の櫛《くし》をさしたのが、したたるばかり色に立って、かえって打仰いだ按摩の化ものの真向《まっこう》に、一太刀、血を浴びせた趣があった。
「一所に、おいでなさいな、幽霊と。」
 水ぶくれの按摩の面《おもて》は、いちじくの実の腐れたように、口をえみわって、ニヤリとして、ひょろりと立った。
 お桂さんの考慮《かんがえ》では、そうした……この手段を選んで、小按摩を芸妓屋《げいしゃや》町の演芸館。……仮装会の中心点へ送込もうとしたのである。そうしてしまえば、ねだ下、天井裏のばけものまでもない……雨戸の外の葉裏にいても気味の悪い芋虫を、銀座の真中《まんなか》へ押放《おっぱな》したも同然で、あとは、さばさばと寐覚《ねざめ》が可《い》い。
 ……思いつきで、幽霊は、射的店で借りた。――欣七郎は紳士だから、さすがにこれは阻《はば》んだので、かけあいはお桂さんが自分でした。毛氈《もうせん》に片膝のせて、「私も仮装をするんですわ。」令夫人といえども、下町娘《したまちッこ》だから、お祭り気は、頸脚《えりあし》に幽《かすか》な、肌襦袢《はだじゅばん》ほどは紅《くれない》に膚《はだ》を覗《のぞ》いた。……
 もう容易《たやす》い。……つくりものの幽霊を真中《まんなか》に、小按摩と連立って、お桂さんが白木の両ぐりを町に鳴すと、既に、まばらに、消えたのもあり、消えそうなのもある、軒提灯の蔭を、つかず離れず、欣七郎が護《まも》って行《ゆ》く。
 芸妓屋町へ渡る橋手前へ、あたかも巨寺《おおでら》の門前へ、向うから渡る地蔵の釜《かま》。
「ぼうぼう、ぼうぼう。」
「ぐらッぐらッ、ぐらッぐらッ。」
「や、小按摩が来た……出掛けるには及ばぬわ、青牛よ。」
「もう。」
 と、吠《ほ》える。
「ぴい、ぷう。」
「ぼうぼう、ぼうぼう。」
「ぐらッぐらッ、ぐらッぐらッ。」
 そこ
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