りますな。――後での話でござりますが。」
「おやおや、しかし、ありそうな事だ。」
「はい、その提灯を霞の五番へ持って参じました、小按摩が、逆戻りに。――(お桂|様《さん》。)うちのものは、皆お心安だてにお名を申して呼んでおります。そこは御大家でも、お商人《あきんど》の難有《ありがた》さで、これがお邸《やしき》づら……」
嚔《くしゃみ》の出損《でそこな》った顔をしたが、半間《はんま》に手を留めて、腸《はらわた》のごとく手拭《てぬぐい》を手繰り出して、蝦蟇口《がまぐち》の紐に搦《から》むので、よじって俯《うつ》むけに額を拭《ふ》いた。
意味は推するに難くない。
欣七郎は、金口《きんぐち》を点《つ》けながら、
「構わない構わない、俺も素町人だ。」
「いえ、そういうわけではござりませんが。――そのお桂様に、(暗闇《くらやみ》の心細さに、提灯を借りましたけれど、盲に何が見えると、帳場で笑いつけて火を貸しません、どうぞお慈悲……お情《なさけ》に。)と、それ、不具《かたわ》根性、僻《ひが》んだ事を申しますて。お上さんは、もうお床で、こう目をぱっちりと見てござったそうにござります。ところで、お娘ごは何の気なしに点けておやりになりました。――さて、霞から、ずっと参れば玄関へ出られますものを、どういうものか、廊下々々を大廻りをして、この……花から雪を掛けて千鳥に縫って出ましたそうで。……井菊屋のしるしはござりますが、陰気に灯《とも》して、暗い廊下を、黄色な鼠の霜げた小按摩が、影のように通ります。この提灯が、やがて、その夜中に、釜ヶ淵の上、土手の夜泣松の枝にさがって、小一は淵へ、巌《いわ》の上に革緒《かわお》の足駄ばかり、と聞いて、お一方《ひとかた》病人が出来ました。……」
「ああ、娘さんかね。」
「それは……いえ、お優しいお嬢様の事でござります……親しく出入をしたものが、身を投げたとお聞きなされば、可哀相――とは、……それはさ、思召したでござりましょうが、何の義理|時宜《じんぎ》に、お煩いなさって可《よ》いものでござります。病みつきましたのは、雪にござった、独身の御老体で。……
京阪地《かみがた》の方だそうで、長逗留《ながとうりゅう》でござりました。――カチリ、」
と言った。按摩には冴《さ》えた音。
「カチリ、へへッへッ。」
とベソを掻いた顔をする。
欣七郎は引入れられて
前へ
次へ
全24ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング