山へ遁《に》げて、大木《たいぼく》の梢《こずえ》へ攀《よ》ぢて、枝から枝へ、千仭《せんじん》の谷《たに》を伝はる処《ところ》を、捕吏《とりて》の役人に鉄砲で射《い》られた人だよ。
 ねえ鸚鵡《おうむ》さん。」
 と、足を継《つ》いで、籠《かご》の傍《わき》へ立掛《たてか》けた。
 鸚鵡の目こそ輝いた。

        三

「あんな顔をして、」
 と夫人は声を沈めたが、打仰《うちあお》ぐやうに籠を覗《のぞ》いた。
「お前さん、お知己《ちかづき》ぢやありませんか。尤《もっと》も御先祖の頃だらうけれど――其の黒人《くろんぼ》も……和蘭陀《オランダ》人も。」
 で、木彫の、小さな、護謨細工《ゴムざいく》のやうに柔かに襞※[#「ころもへん+責」、第3水準1−91−87]《ひだ》の入つた、靴をも取つて籠の前に差置《さしお》いて、
「此のね、可愛らしいのが、其の時の、和蘭陀館《オランダやかた》の貴公子ですよ。御覧、――お待ちなさいよ。恁《こ》うして並べたら、何だか、もの足りないから。」
 フト夫人は椅子を立つたが、前に挟んだ伊達巻《だてまき》の端をキウと緊《し》めた。絨氈《じゅうたん》を運ぶ上靴
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