の。
 お聞きなさいよ。
 可《い》いかい、お聞きなさいよ。
 まあ、ねえ。
 座敷は――こんな貸家建《かしやだて》ぢやありません。壁も、床も、皆|彩色《さいしき》した石を敷いた、明放《あけはな》した二階の大広間、客室《きゃくま》なんです。
 外面《おもて》の、印度《インド》洋に向いた方の、大理石の廻《まわ》り縁《えん》には、軒《のき》から掛けて、床《ゆか》へ敷く……水晶の簾《すだれ》に、星の数々|鏤《ちりば》めたやうな、ぎやまんの燈籠《とうろう》が、十五、晃々《きらきら》点《つ》いて並んで居ます。草花《くさばな》の絵の蝋燭《ろうそく》が、月の桂《かつら》の透くやうに。」
 と襟《えり》を圧《おさ》へた、指の先。

        二

 引合《ひきあ》はせ、又|袖《そで》を当て、
「丁《ちょう》ど、まだ灯《あかし》を入れたばかりの暮方《くれがた》でね、……其の高楼《たかどの》から瞰下《みお》ろされる港口《みなとぐち》の町通《まちどおり》には、焼酎売《しょうちゅううり》だの、雑貨屋だの、油売《あぶらうり》だの、肉屋だのが、皆|黒人《くろんぼ》に荷車を曳《ひ》かせて、……商人《あきんど》
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